赤ちゃん闘病記

赤ちゃんの闘病生活/63日目

【先生のお話】
もしもの時、パパを呼ぶのは心拍数が60台になった時くらいにしましょう。
今日採血をして、今の状態を調べました。
健康な時のヘモグロビンの値が10とすると、以前輸血をする時は6~7、今は1.5です。

朝5時ごろに目が覚めた

微笑みながらハルのほっぺに触る
『おはよう~』

ふっとモニターを見た
『あ、れ?』

100以上あった心拍数が90台に下がっていた
『は~る~・・・』

少し目が開いていた
むくみが一気に取れたからかな
見える位置に顔をもっていった

『ママが見える?』

ハルの顔とモニターを交互に見ていたら段々数値が下がってきた
80台になった

どうしよう・・・

60台にならなければ大丈夫!そう言い聞かせながらハルの手を握る
もう呼吸器のアラームも鳴らない、返事がない・・・

6時の対向(床ずれ防止の為に2時間おきに体の向きを変える事)の時に看護婦さんに聞いた

私『さっき心拍数が80台になったんです』
看護婦さん『あ~、そっか~・・・』

延命をしないと決めたから・・・
看護婦さんに言ったところでどうすることもできない

わかっているけど不安で不安で

東病棟に移ってから、新しい看護婦さんと馴染めるか不安があったけど
でも、とても良くしてくれた

私の話も『うんうん』と言いながら聞いてくれて、涙をこらえながらお世話をしてくれた方もいた
元気だった写真をみせると『かわいいね~』とずっと写真を見てくれる方もいた

彼女たちも回復の見込みがない患者、
しかも赤ちゃんのお世話をするのは辛いものがあるだろうな
彼女たちにも子供がいる

しばらくすると心拍数が90台に戻った

『ハル~、戻ってきたね心拍数』
返事はない

強心剤を止める事で実家から来ていたお義夫さん、お義母さん、おばさん達が戻る事に
安定するかもしれないから、と言っていたけど・・・
今朝のような事があったらちょっと不安
みんなはここから車で2時間くらいかかるところに住んでいる
もしもの時はおそらく間に合わない・・・

『みーちゃん、頑張るんだよ』そう言いながら戻って行った

親戚のおばさんには本当にお世話になっていて、
本当に親身になって話も聞いてくれるし、ハルが運ばれていた時も
メソメソしていた私達と一緒に待機室に泊まってくれたり、拝み屋さんに行ってくれたり・・・

ありがとう

昼頃、ICUにいた時の看護婦さんが様子を見に来てくれた

看護婦さん 『どう?様子~』
今朝の事を話すと
看護婦さん 『う~ん、そっかぁ~・・・でも顔すごいきれいになったね~、ビックリだよ~』

そう、パンダみたいだった目の周りの青みがきれいになった

彼女にも子供がいる

夜にはもう一人、またICUの看護婦さんがお見舞いに来てくれた
私のことを名前で呼んでくれる看護婦さん
看護婦さん『今日は○○○さん(私の名前)に、プレゼントを・・・』
開けてみると中に「仙台幸子」が

仙台幸子とは、仙台にまだいらっしゃる方で、
小さい頃から小さな幸せが沢山訪れる方だそうで、
娘さんがグッズを面白半分に作ったところ大人気になったとか・・・

今はかなり入手困難なはずなのに

私『あ~り~が~と~』  o( i – i o )
看護婦さん 『○○○さんにも小さな幸せが来ますように』
うれしくて涙が出そうだった

本当にありがとう!

ハルに仙台幸子を見せた
『いいことあるかな~』
今朝から目がずっと開いている
ハルは今何を見ているんだろう・・・

パパとダイゴが帰った後、また絵本を読んだり曲を聴いたり・・・

『さ~、もう寝る時間だよ、いい夢見ようね』

そしてまたハルの隣にもぐり込む
あと何日ハルと一緒に寝れるかな

→ 次の日