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闘病2日目 8/14


  血圧 心拍数 体温
8:00 155 149 -

朝からICUに行った。
通常ICUは面会が13時から、親族のみが1回10分間だけ許されている。
天気:晴れ

「輝くんは赤ちゃんだしこういう状況だから
ご両親はいつきてもどれだけいてもいいですよ」とすべての制限を取り払ってくれた。
でも、それだけ危険な状態なんだな、と思わせてしまうよね。

今日の輝は昨日より落ち着いて見える。
しゃっくりもしてないし…
でも、ものすごく冷たい。
頭も顔も手足も…
さすったら血のめぐりが良くなってあったかくなるかな。

脳外科の先生から説明を受ける。
「実は昨晩11時頃、とても危険な状態で、血圧が40まで下がりました。
昇圧剤を入れてなんとか60まで上がりましたが…」
え?聞いてないよ〜待機室にいるんだから呼んでよね、と思いながらも一命を取り留めた我が子に安心した。
でも次の言葉で一転する。
「息はしていません。人工のみの呼吸です。」
しゃっくりが自発呼吸だったと、そのとき初めて知った。

今日は脳波の検査をするという。
一度自宅に戻ることにした。
輝の好きなプーさんとおしゃぶりと元気だった輝の写真をたくさん持って行こう。
売店でキティちゃんのメモ帳を買った。
この輝の状況を忘れてはいけないような気がして、メモをとること
それと簡単に他の人には言えないことを書くため。
何ページまで使うことになるかな、と思った。

夕方、脳外科の先生から検査の結果を説明された。
たくさんの線が引かれた紙、7箇所の測定場所のどの部分もまっすぐな線だった。
瞳孔も5ミリまで開き、いわゆる大人でいう脳死状態だという。
でも子供に脳死判定は行わず、これからも治療を行うらしい。
脳死判定をしないってことは、子供には直る確率があるってこと?
あまり期待を持たせられないという先生の言葉が伝わる。
でも、やっぱり奇跡を信じていくしかないよね。
じゃなきゃ、輝が生きていく意味ないじゃない…
「とても危険な状態で…」
16日で9ヶ月になるんだから、なんとかそれまでがんばって!

夜、ICUの入り口に友達が来てくれた。
メールしてすぐにかけつけてくれた友情にものすごく感謝した。
みんな信じられない気持ちで、いっぱいだよね。

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HIKARU

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