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闘病1日目 8/13

8月13日は毎年家族で墓参り。
今年は妹とその子供たちも帰省していて
一緒に出かける予定だった。

その日は朝から輝と8ヶ月お姉ちゃんのいとこの瑠菜が布団の上でオムツ入れを振り回して遊んでいる。
その二人の様子がおかしくて、思わずパパが写真をパチリ。

1時過ぎ、出かける前のおっぱいだよ〜
あんまりお腹もすいてないらしく、ちょっと飲んで遊びに夢中の輝。

天気:曇時々晴 一時雷雨

車を移動するため、私が運転席に行くと
それを見た輝はママがどっかに行ってしまう、と思ったのか
甘えた声で「ママ…、ママ…、ママ…」と3回呼んだらしい。
これが輝の最後の言葉となるとも思わず、私は輝に手をのばすと
待っていましたとばかりに輝も手をのばす。
しばらく抱っこしてからチャイルドシートに乗せた。
輝はチャイルドシートが嫌いでいつものようにぐずりだす。もっと抱っこしてほしいと手をのばす。
でも私は無情にもドアをバタンと閉めてしまった。
この時、もっと抱いていてあげれば…と後悔ばかりが残る。

「ひかる〜ほ〜ら、うちわパタパタだよ〜」

パパが輝をあやしているうち、一瞬、輝が目を開いたまま静止した。
…輝?
その後、ゆっくりと瞳を閉じていく…

「輝、おかしい!」
輝を抱えて慌てたパパが車から降りてくる。
「息してないかも!」
救急車をよんで人工呼吸しなくちゃ!でもやったこともないしどうするんだろう!
冷静になれ!母子手帳に人工呼吸の仕方が書いてあったはず…

パパがゆっくり息を吹き込んだそのとき、輝の顔から血の気がなくなっていくのがわかった。
「輝!輝!」
私は声をかけることと、母子手帳の人工呼吸の仕方の頁を片っ端から声に出すので精一杯だった。

救急隊の質問に答えながらも、なぜこうなったか誰もわからない。
「何か詰まった?」私の独り言に救急隊は「気道は確保されています。物は詰まっていません」
じゃ、なんでよ!!

救命救急センターに運ばれ、待合室で待っていた。
ものすごく長い時間に感じた。
外はすごい雷だった。
輝が助けてと言っているかのようだ。

やっと呼ばれると、小児科の先生から
「呼吸停止、心停止で運ばれましたが、蘇生法を行い心臓は動き出しました。
呼吸はほんの少しですので人工呼吸器をつけました。瞳孔も開いていたのが少し戻りました。」

あまりのショックに泣くことも話すこともできず、ただぼ〜っとして聞いていた。
なんでそんなことになったのかわからないので、まずはCTを撮るという。

「輝君に会いますか?」

輝はどんな様子になっているんだろう…少し怖い気もした。

人工呼吸器をした輝を見て、思わず涙があふれてきた。
「ひかる…ひかる…」と力なく呼びかける。こんな輝は初めてだ。でも、絶対大丈夫。
自分に言い聞かせた。

またしばらくして、今度は別の先生に呼ばれる。
脳外科の先生だった。

CTの結果、多量のくも膜下出血だという。写真を見せられても理解できない。
「これだけの出血は脳にかなりのダメージを与えている」という言葉だけは心に響いた。

とにかく、なぜ出血したかの原因を探るため、カテーテルで調べるという。
カテーテルは通常麻酔を必要とするが、輝は意識も感覚もないため麻酔が必要ないという。
信じられない事実だ…

くも膜下出血には6つの原因が考えられるらしい。
子供には稀なこの病気。
いったい何が輝の体で起こったのか…

輝を待っている間中、ずっと輝の元気な姿を思い出していた。
夢かもしれない、悪い夢は早く覚めてほしい…

ICUの説明室は異様に寒く、緊張とも重なって体は硬くなる。
結局くも膜下出血の原因は、不明…
原因がわからないんじゃ、治しようがないってこと?

先生の口からは非常に危ない状況だという言葉がでる。
「今夜…明日ということも…」

どうして?どうして?
悲しいとかという感情より、なぜ?という疑問ばかりが浮かぶ。

やっと輝に逢えた。
輝は人口呼吸器を付け、涙を流していた。
さらに苦しそうにしゃっくりをしている。
その姿に唖然とし、かわいそうでならなかった。

「輝!輝!」
呼んでも目を開けてはくれない。
抱いて背中をとんとんとたたいてしゃっくりを止めてあげたかった。
なぜそれができないのか。
ショックで言葉が出てこない。

必要なものを取ってこなくては…
自分が行かなくてはわからないのでパパを家族待機室に残し、実家に戻る。

みんな心配そうに出迎えてくれた。

私がしっかりしなくては…
必要なものを揃えながら、何日分の服が必要?4,5枚でいい?
オムツは2,3枚って書いてあったけど70枚入りを持っていこう。
多すぎるって言われるかな。

もうだめなの?まだ何とかなる?治療をすれば直るかも?
という気持ちが入り混じり、持っていく物の量がわからない。
気持ちはぐちゃぐちゃになっていた。

でも、6歳になったばかりの甥っ子の翼が見ている
私が取り乱せば翼までも不安になってしまうよね…
笑顔で出よう。

翼はやさしい子。輝のためにお手紙を書いてくれた。
そして病院へ向かう車のそばまでやってきて一人見送ってくれた。

急いで戻り、ICUの輝のもとへ。
すぐにでも輝のそばに行きたいのを我慢して看護師さんに荷物を渡して説明する。
私は何を我慢していたのだろう。

その夜パパと家族待機室に泊まった。
いつ急変するか、電話が鳴るのが怖い。
部屋ではパパとずっと輝の話をしていた。
二人とも涙が止まらなかった。

→ 次の日


HIKARU

since 2005.11.16 〜 2006.9.6

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