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7年目の命日 9/6

最近、テレビで救命病棟24時という番組を録画して見ている。
主人はまだ病気や病院のリアルなドラマはあまり見たくないようなので、休日に一人で見ている。
そのドラマの中で、“臓器移植”というひとつのテーマがある。
2010年7月、改正臓器移植法の施行により、15歳未満の子どもからの臓器提供が可能となり
現在少しずつ事例が増えてきている。

当時、輝が脳死状態になった時、「子どもに脳死判定は行わない。」と先生に言われた。
理由の一つは子どもには未知なる力があり、回復する可能性が0%ではないということ。
もう一つは、子どもからの臓器提供が現在の医療制度では不可能ということ。
輝は可能性は0ではないと言っても、これ以上手の施しようがないままにICUで25日間過ごした。
回復の見込みがなく、脳死判定も行われないままの看護は、親として何が輝のためになるのか、
どこまでこんな管や点滴だらけの可哀想な状態を続けるべきなのか、葛藤の日々だった。
ずっとベットの脇に座り、自分自身が何をしているのかもわからなくなってくる。
それでもなんとか、輝が生まれてきた意味を探して自分に課せられた役目を考えようとした時、
輝の臓器を必要としている子供たちに提供することができたら、と思わずにはいられなかった。
そうすることで、助かる見込みのある子どもが救われ
その子供たちの目や心臓になって輝もずっと生きていけるはずなのに、と。

子どもの臓器提供には、親として賛否あるのは当然だと思う。
ドラマでもその葛藤を乗り越え、臓器を提供する道を選んだ夫婦。その気持ちが痛いほどわかる。
子どもを亡くす親の最後の望み、もう少し早く改正して欲しかった。

そんな深い想いの傍で、ほっこりの「あかりたち。」が。
友人を通して知った、月山和紙を使った作品の温かなこと。
作品を作り出すせいのまゆみさんとの出会には、たくさんの繋がりも運んできた。
仙台での個展オープン日は輝の命日。
やはり何か運命的なものを感じずにはいられなかった。
朝一番に会場に足を運び作品たちに会うことができた。

今度は月山の大自然の中で、まゆみさんにも作品たちにも再会したいな。

→ 8年目の命日


HIKARU

since 2005.11.16 〜 2006.9.6

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